いののすけのブログ

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将棋語りその4(テーマ:平成将棋名局百番)

 最近日本将棋連盟から出版された『平成将棋名局百番』を並べ終えたので、その感想を述べたいと思います。

 『平成将棋名局百番』はその名の通り、平成の間に指された将棋の中から100局を選んで解説している本です。加えて巻頭に羽生善治九段のインタビューが載っています。個人的には羽生九段のインタビューも興味深い記述が多く、また解説されている将棋も熱戦や好局が目白押しで、とても楽しく読み進めていました。以下では本の全体的な振り返りと印象に残った将棋を紹介します。

 

 まず収録されている将棋は羽生善治九段の将棋が多く載っていました。平成の将棋界を語るうえで羽生善治九段のことは外せないと思うので、当然のことではありますが。平成元年に第2期竜王戦で初タイトルを獲得し、翌年失冠するも、平成3年に第16期棋王戦で棋王を獲得してから、平成31年の第31期竜王戦で敗れるまで27年もの間タイトルを保持し続け、七冠独占、永世七冠達成、タイトル獲得99期、棋戦優勝45回という途方もない記録を築きました。そんな羽生九段が今タイトルを持っていないというのは私が将棋を始めたおよそ10年前からはとても想像できなく、今でも信じられない思いがあります。第31期竜王戦七番勝負第7局で投了する場面はAbemaTVで観戦していたのですが、とてつもない衝撃を受けたことを今でも思い出せます。個人的に平成の終わりを一番実感したのはこのことであり、新しい時代がどうなるのかに思いをはせた出来事でもありました。

 そんな羽生善治九段のインタビューが巻頭に載っていて興味深く読んでいました。平成の間に登場したさまざまな戦術について言及しているのですが、その中で一番興味深かったのは振り飛車の可能性として大橋貴洸六段が指した片矢倉のように組む四間飛車や、都成竜馬六段がよく指しているミレニアムの形に言及している点です。今プロの振り飛車では三間飛車が数多く指されており、四間飛車が少なく、四間飛車党の私としては少し残念な思いがあったのですが、羽生九段が四間飛車の可能性について言及していたので、嬉しいと思いました。最近その2つの指し方に関しては本が出ているようなので、読んで指してみて四間飛車の可能性を体感してみたいという思いが湧いてきて、少し将棋を指すのに前向きになれそうです。これ以外にも平成将棋に対する羽生九段の見方というのがちりばめられていて、興味深い記事でした。

 

 さて本編に入りますが、本編では100局の将棋を約10年ごとに区切って解説しています。私が将棋世界を買ってタイトル戦の棋譜並べをするようになったのが、平成21年からなので、第3部の平成21~31年の将棋は一度並べた将棋が多く、当時の印象に思いをはせることもありました。対してそれ以前の将棋は並べたことのあるものも当然ありましたが、どちらかというと過去こんなことがあったと見聞きしたことはあっても実際に将棋の内容は知らないという将棋が多く、そういった点からも興味深い将棋が多かったです。(例えば大山康晴十五世名人が最年長タイトル挑戦となり231手の激闘の末に敗れた第15期棋王戦五番勝負第一局南芳一棋王大山康晴十五世名人の対局や、翌日の9時15分に終局した第63期順位戦B級1組2回戦行方尚史七段対中川大輔七段の対局など)全体を通して力のこもった将棋が多く、楽しく並べていました。以下では100局の中から印象に残った5局を紹介しようと思います。

 

1.第9局 第60期順位戦A級9回戦☗大山康晴十五世名人対☖谷川浩司竜王

 これは68歳の大山康晴十五世名人が谷川浩司竜王に勝ち、プレーオフに進出した将棋です。この対局は終盤で先手の大山十五世名人が☗6七金とがっちり固め、受けつぶしたというのだけ知っていました。今回初めて並べたのですが、そこだけではなく仕掛けのあたりからかなり面白い将棋でした。まず先手の向かい飛車に対して後手が居飛車穴熊に組みます。ですが居飛車穴熊に組みあがる直前に先手はポイントを稼ごうと動きを見せます。そのことが意外でもあったのですが、さばきの途中で後手から間接王手飛車をかけられます。一見不利に思える状況ですが、局面が落ち着くと意外にも後手の受けが難しくなっており、そこからは大山十五世名人の独壇場でじわじわと優位を拡大していき、受けつぶして完勝しています。並べてみると大山十五世名人の強さが随所に現れており、当時四冠を保持していた谷川竜王がここまで手も足も出ずに敗れるのかと衝撃を受け、改めて大山十五世名人の恐ろしさを感じました。平成といいながら昭和の巨匠の将棋ではありますが、偉大な棋士の強さを垣間見た一局としてとても印象に残りました。

 

2.第21局 第44回NHK杯将棋トーナメント決勝☗米長邦雄前名人対☖中原誠永世十段

 これは一番公式戦の対局数が多い中原誠十六世名人と米長邦雄永世棋聖の最後の棋戦決勝となった対局です。こちらも昭和の巨匠の対局となってしまいましたが、年始のNHK将棋特番でも紹介されていたため、強く印象に残りました。対局はまず相掛かりとなり後手の中原永世十段が飛車を圧迫するために力強く金を繰り出していきます。そしてペースを握りますが、米長前名人も猛追し難しい局面が続きます。それでも最後は中原永世十段が逃げ切り、6回目のNHK杯優勝を飾りました。この将棋で印象に残るのは中原永世十段の受けの強さです。米長前名人の強烈な攻めをしのぎ切ったその指しまわしに凄みを感じました。最近の将棋は攻めが強くなかなか凌いで勝つ展開は難しいところがあるとは思うのですが、個人的にはこういう将棋に対するあこがれみたいなものもあるので、それもあってとても印象に残った一局です。

 

3.第76局 第60期王座戦五番勝負第4局☗渡辺明王座対☖羽生善治二冠

 ここまでインパクトのある千日手は今までなかったと思います。これは前年連覇が19で止まった羽生善治二冠が渡辺明王座にリターンマッチを挑んだタイトル戦で、羽生二冠が2-1で迎えた対局です。まず羽生二冠が二手目☖3二飛戦法を採用します。対する渡辺王座は天守閣美濃に組み、難しい戦いが続きます。最後渡辺王座が勝ったかと思われる場面で羽生二冠が☖6六銀と相手の歩頭に打ち、千日手に持ち込みます。そして指し直し局の相矢倉戦を制し、王座を奪還しました。この将棋はなんといっても☖6六銀のインパクトが強烈でした。当時も驚いた記憶がありますが、今並べてもこの手で千日手にもちこんだ羽生二冠の凄みを感じました。羽生九段の将棋はこれまでに数多く並べており、印象に残る手というのはたくさんありますが、この☖6六銀のインパクトは間違いなく五本の指に入るのではないかと思います。それほどに強烈な一手でした。

 

4.第83局 第72期名人戦七番勝負第1局☗森内俊之名人対☖羽生善治三冠

 これはこの二人の9度目の名人戦での激突となった第72期名人戦の開幕局です。対局は相掛かりから序盤で飛車角交換が行われ、森内名人が二枚飛車、羽生三冠が二枚角となります。この普段は見慣れない状態から緊迫した勝負が続き、最後は羽生三冠が178手で勝利しました。この将棋は二人のバランス感覚が印象に残ります。なかなか経験のない局面でもトップ棋士同士の対局だとここまで均衡が保たれるものかと感嘆しました。進めても進めても差が開かず、緊迫した局面が続き、並べていても気分がすごく昂りました。トップ棋士の凄みを感じる一局でした。

 

5.第98局 第76期名人戦七番勝負第1局☗羽生善治竜王対☖佐藤天彦名人

 これは羽生善治竜王にタイトル100期の期待がかかった第76期名人戦の開幕局です。将棋は横歩取りから互いの大駒が敵陣に侵入しあう激しい展開となります。その後も激しい手順の応酬が繰り広げられるのですが、最後は羽生竜王が勝ち、通算1400勝を達成しました。この対局は当時新入社員研修の合間の休憩時間ごとに進行を確認していました。こちらも差が開かない展開に観戦していて気持ちが昂り、トップ棋士の凄みを感じました。そう考えると私は緊迫した局面が続くひりひりとするような将棋が好きなのかもしれません。

 

 ここまで印象に残った将棋を振り返ってみましたが、これ以外にも並べていて手に汗を握った将棋はたくさんありましたし、それだけではなく鮮やかな一手が登場した将棋も数多く収録されており、並べている時間がとても楽しかったです。今は外出自粛が続いていますが、家でこの本を読んで平成に指された名局たちに思いをはせると心地よい時間を過ごせるかもしれません。最後になりますが、やはり棋譜並べは楽しいものですね。